平成28年度 9月法科大学院入学式 総長祝辞

Date:2016.09.22

駒澤大学法科大学院へご入学おめでとうございます。難関中の難関である司法試験合格を目標に、高度な法律の学問を修めるために本学の法科大学院に入学された皆さんに尽心の敬意を表するものです。初心を忘れずたゆまずご精進下さいますよう心から願って止みません。

既にご案内のように駒澤大学は仏教、なかんずく禅の教えを建学の理念に掲げ、本年で開校134年目を迎えることになりました。仏教という語は、キリスト教、イスラム教など世界の諸宗教に合わせて、明治以降一般化した新しい言葉です。伝統的には「仏法」といいます。永平寺を開創した曹洞宗の宗祖道元禅師は、「正伝の仏法」とか「正法」と呼び、釈尊が一日4回行った坐禅の行法にもとづく利他行こそ釈尊直伝の仏法であると唱えました。この宗旨は今日まで連綿と承け継がれ、永平寺、總持寺の両本山を始めとする各地の専門僧堂(修行道場)で変わることなく行じられています。

仏法の法は、法学?法律の法と同じ文字です。仏教の法は、サンスクリット語のダルマ、パーリ語のダンマの訳語ですが、聖徳太子の十七条憲法で「篤く三宝を敬え」と記す、仏?法?僧(ブッダ?ダルマ?サンガ)の三宝(三つの宝)として尊重されています。法ダルマはどんな時代になっても、どんな社会であっても人類が踏み行なわなければならない万古不易の真理という意味です。

『ダルマパダ』と題する原始経典には「実に怨は怨によって止むことはない。怨を捨ててこそ止む。これは万古不易の法である」と示されています。

法律の律の文字は、仏教でヴィナヤの訳語として使われ、釈尊の教えがヴィナヤピタカ律蔵として伝わります。律は他律的な決め事の意ですが、自覚的な誓いの意味のシーラ戒の語と合わせて戒律のように慣用します。いずれにしても、悪いことをしない、善いことをする、そして自らの心を正しく清く美しく調えていくという意味になります。したがって法律という語を仏教的に解釈しますと、釈尊の正法に照らして己れのいのちの尊さに目覚め、自らの人生を律していくというほどの意味になります。

本学の法科大学院に学ばれる皆さんは、先ずは司法試験に合格することが当面の目標ですが、願わくはされにその上に、あるべき人生の真実とは何か、法ダルマに照らして現代人の実践規範はどうあるべきか、そんな人を幸せにし社会を良くする法学本来の根本命題を一生かけて温め続けていって欲しいと願うものです。

のっけから釈迦に説法のような贅言を申し上げ恐縮ですが、どうぞ健康にはくれぐれも留意され、本学で存分に法律の学問を修められ、有為な法曹の道を歩まれますよう心から願い、一言祝辞といたします。

平成28年9月17日

学校法人駒澤大学
総長  池田 魯参