社会科学における原則と例外の危険なパラダイム転換

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Date:2013.02.19

"There is no rule but has exceptions." (例外のないルールはない。)といわれる。いかなる規範にも例外があり、原則には多くの例外が包含されているものだと説かれる。なぜ、原則には例外があり、例外はいかなる根拠で正当化されるのであろうか。生活や政治の場面でも、学問の領域でも、常に問われる根本問題の一つである。

通常、個別具体的な判断が正当性と説得力を持つのは、その個別具体的な判断が、原則に適合しており、原則自体が既に皆から了承されている場合である。原則は、個別的判断に先行しており、価値的に上位に位置し、規範的な強制力を持っているのである。したがって、原則に適合したときの個別具体的な判断については、結果についてはどうであれ、一応の評価があり非難はしにくいものとなる。

この「結果についてはどうであれ」という点から、例外が生まれる。例外は、現実的利益ないし効率を優先し、原則の持つ規範的統制力を排除する。そして、例外は、現実的な判断領域から抜け出て、価値基準として成長する。その価値基準は、既存の原則を排斥し、自らが原則となる。それにより、既存の原則理論は、新たな原則においては、条件付きあるいは部分的な領域の例外と位置づけられることになる。

原則は、理念性が高ければ高いほど、現実的な例外によって、その存在を脅かされる。原則を墨守することは、非常に難しいのである。健康増進のためになされた毎日ジョギングや禁煙の原則が、現実的誘惑という例外によって、地に落ちる。平和主義という原則が、領土問題という具体的な事件勃発によって、揺れ動く。司法改革の下、多様な能力を持つものを法曹として養成しようとした法科大学院制度も、司法試験合格者数という現実的観点から、危機に瀕している。

現実主義な例外は、原則に適合する現場主義とは異なり、人間の本能に迎合し、社会的には、現実に行われるべきであるとの妥当性、社会のみんながそう考えているとの相当性、利益ないし国益に合致しているとの合理性として、登場してくる。

かくして、理想主義的な原則が、歴史と経験に基づき、人類の英知によって確認されたものであっても、現実主義的な例外には勝てない場合が現出するのである。ただ、その現実主義的な例外が安易に原則へとパラダイム転換をすることは、危険すぎる。

理想や高い価値を目指して確認されている社会科学領域の原則については、現在を生きる我々にとっても前提であるはずである。現実主義へのパラダイム転換は、その必要性が極度に高く、そうしなければ他の方法のない場合に、必要不可欠な最小限の範囲と限度において、行われるべきであろう。

私たちは、現在の理想主義的な原則の中で、現実主義からの非難や指摘を様々な観点から乗り越えることに全力で腐心すべきであろう。(H)

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